アル中病棟 退院後(1): AAからの離脱。そしてうつ病の発症へ

04.アル中病棟 退院後

2018年の暮れ。私は退院しました。満期のプログラムを受けての退院ではありませんでしたが、心の中のエネルギーは充足感に充ちていました。「よし、これで自宅や勤務先そばで開催されているAAに通って、断酒生活を実現するぞ! もうこれで酒に飲まれてしまう、酒に支配されてしまうような人生とはおさらばだ!」といった感じです。

退院後は急に運動もしたくなって(入院中も「OT=行動治療」といって、要は図画工作や体育の簡易的なアクティビティを通じて体を動かす機会はあったので、それがきっかけだと思うのですが)、けっこうな頻度でミニべロバイク(小型自転車)で休日は都内のAAを周ったりと、アクティブな活動を進めていました。

進めていました、と過去形で書きました。そう、私はあれだけ希望を抱いていたAAに、退院後の約2ヶ月間ほどしか、熱心に通わなくなってしまったのです。ある日を堺に、パタリと行かなくなってしまいました。

そのきっかけや理由については、ごくごく簡単にだけ記すことにします。特にAAは匿名性、つまりAAのメンバーやそこで話された内容をパブリックな場所や別のところで口外することは厳しく禁じられている(だからこそ皆さんが自由に自分の酒害体験を告白できるや)という性質をもった場所ですから、私としてもあまりAAで起きたことを詳しく書くわけには行きません。

AA(Alchoholics Anonymous)についての説明は、それこそ先日お亡くなりになった吾妻ひでおさんの『失踪日記2 アル中病棟』でも描かれていましたし、その概要や詳しい仕組み、断酒会との違いなどについては書きません。ネット上に多くの情報がありますので、そちらをぜひあたってみていただき、断酒に興味のある方は実際に現場に足を運ぶことをおすすめします(それが非常にハードルの高い行動ではあるのですが……)

個人的に、AAについて稀に言われるような「すごくイバりくさった古参の人が会ではハバをきかせていて、新人が発言しづらい閉鎖的雰囲気がある」といったようなものを感じたことはありませんでした。私は全く知らない人の方の話を聞くのが好きというか興味をもちやすいタイプだったこともあって、むしろAA自体は、誤解を招く発言かもしれませんが「面白い(funnyではなくinterestingのほうです)」体験でした。当然ですが、AAには色々な年齢・性別の方がいて、アルコール依存症になった経緯も様々です。そして、どこのAAも非常に新人の参加者に対してフレンドリーで温かい歓迎ムードに満ちていて、とてもダイバーシティ(多様性)に対して寛容で、居心地がよかったのでした。

では、それならばなぜ私はAAに通うのを急にやめてしまったのでしょうか。いま振り返るに、理由は主に3つあります。

まず第1に、自分の場合、どこの地域のAAに所属するか、退院後の2ヶ月間迷って毎日のように別の会場に足を運びながら、結局、結果、どこにも所属できずに終わってしまいました。

それも些細な理由です。ちなみにAAでは、強制というわけではないのですが、どこかしらの地域のAAに所属することが推奨されます。所属費などをその地域のグループに払わないといけないというわけでもありません。ただ、AAミーティングでの自己紹介のときに、「☓☓の〇〇です」と所属グループ名を名乗るというルール、というか慣習があります。そして所属グループを決めかねずにいた自分は、ずっと「フリーの○○です」と自己紹介をしていました。これはちょっと恥ずかしい感じがすると同時に、自分はどこにも所属していない自由な流浪の一匹狼だぞ、という感覚もあり、孤独を好む自分としてはこの「フリーの○○です」という口上は気に入っていました。しかし2ヶ月も同じようなAAの会場に通うようになると、参加者のメンバーも常連の方ばかりですから、「そろそろ君はどこのグループに所属するんだい?」という無言の圧力――というと被害妄想じみていますが、まあ、そうしたプレッシャーを勝手に感じるようになります。また、同じころにAAに通っていて、やはり同じく「フリーの△△です」と自己紹介していた新人系の方も、次第に所属グループを決めて自己紹介されているのを見かけると、ますますプレッシャーを感じるのでした。「どこかに入らねば」と。

結果的に自分は、このプレッシャーから逃げた、ということになります。それも些細な理由です。自分が住んでいるわけでもない地域なのに、都心のかっこいい地名のついたグループに所属してそれを名乗るのは、なんだか車のナンバープレートにこだわっている人間みたいで恥ずかしいのではないか。自分が住んでいる地域だが、本来のメイン会場は遠く離れていてサブ会場にしか通えておらず、この状態でこの地域に所属するのは申し訳がない気がしてしまう(AAでは会場を抑える係や司会役などがいずれ周ってきますので、その義務は果たす必要があります)。……など、いろいろでしたが、要はAAに入らない理由を見つけては自分で勝手に創り出していたのだと思います。ただその中でも、本当にどこのAAも自分が通っていたところはそれぞれ魅力的な側面があって、それゆえにこそ、「ああ、彼は”あそこ”のAAが一番いいと思って選んだのね」と既存のメンバーの方たちから思われたくなかった、というのは大きな理由の1つでした。アイドルヲタク用語でいう特定の推しメンを決めずにとDD(誰でも大好きの略)のままでいたかった感覚に近いといいますか……。分からない人には全く分からない比喩ですね、すみません。

ともあれ、これを読んでいる方でAAに入ろうと思っている方がもしいたら、所属AAは、もう最初に行かれた行きやすい場所、もしくは通いやすい場所にえいやっと最初の段階で決めてしまうことをおすすめします。

第2の「私がAAに行かなくなってしまった理由」は、より本質的なものでした。それは簡単にいうと、私はAAにとても興味をもち、soberの皆さんのそれぞれの考えや価値観・人生観に大きな影響を受けたのですが、あまりにもインパクトが強すぎ、影響を受けすぎてしまったのです。

私はいわゆる「感染体質」というか、人から精神的なエネルギーやエフェクトを「もらいやすい」タイプです。簡単にいうと「もらい泣き」などもしやすいタイプです。

そしてAAという場所は、アルコール依存症という病の恐ろしさがもたらす悲劇の数々を聞くことになる場所です。その具体的内容はもちろん書けませんし書きません。ただ、やはり衝撃的なものが多数あります。中でもやはり大きいのは、家族の問題と、「死」を取り巻く問題でした。私にとってはAAほど、死というものがごく身近にあるコミュニティは今まで経験がありませんでした。アルコール依存症は、スリップして連続飲酒を再発してしまうリスクが高く、つまり体を蝕む危険性が高く、よって平均寿命も短くなります。ですから、AAでは、「私のかつての友人が……」「私の同僚がつい先日……」といった形で、あまりにも簡単に死というものに直面させられます。人生の儚さのようなものを、このときほど強く突きつけられたこともありません。私はAAでこうした死に関する話を聞くたびに、大きく精神的に負担がかかってしまっていたのでした。

第3に、この他の理由として、AAの12ステップというものがありました。これはよく言われることのようですが、AAでは加入すると本格的な12ステップというお酒をやめるまでの12の段階を踏むという習わしというか手法があります。私はこの初心者向けの会に参加して、ごく初歩的な形ではありますが12ステップを体験しました。その中には、精神的な態度決定で済む(自分の意志の力では酒はやめられないと諦める)、という比較的簡単(?)なものもあれば、「いままでお酒で迷惑をかけた人に誠意をもって謝罪に行く」という、具体的で、個人的にはハードルの高い難題もあります。いえ、謝ること自体はむしろしたいのですが、謝らなければいけない人があまりにも多すぎて、もうその数を想像してリストアップをしようとしただけで、頭が痛くなってしまうほどでした。これもまた、AAから自分が逃げ出した理由の1つでした。

とはいえこの12ステップは、決してAAに入っているメンバー全員がやっているわけではなく、むしろ12ステップなんていらねぇよ、ミーティングで話をしているだけで十分だと公言する方もいますし、それも個人の自由に任せられています。AAによっても、ミーティングに力を入れるところもあれば、このステップをこなすことに力を入れているところ、ビッグブックと呼ばれるAAのバイブルをメンバー全員で読むことに焦点を置いたところなどなど、様々です。だから、これも結局自分で創り出した、ていのいい言い訳に過ぎません。それでも、12ステップから逃げるようでは、本当の意味での断酒につながらないのではと思うと、ジレンマ的な心理状態に陥るのでした。

……というジレンマや葛藤などを抱えているうちに、私は突然のようにAAに行かなくなってしまいます。その理由は、端的にいえば、うつ病の発病でした。AAへと元気に足繁く参加するだけの心のエネルギーが、ぷっつりと切れてしまったのです。

#ここであえて誤解を招かないように書いておきますが、AAの”せい”でうつ病になったのではありません。AAがうつ病の原因になることは通例少なく、むしろ自分1人ではお酒をやめるのは難しい行為であり、同志との交流を通じて、断酒に向けたエネルギーを貰える場所です。それは自分もそう思っていたのですが、たまたまうつ病を私はタイミング的に発症してしまい、AAに行く元気もなくなってしまったということなのです。……それもまた、ていのいい言い訳を自分で創り出しているだけかもしれない、という疑いは自分でも晴れませんが。

ちなみにアルコール依存症の方は、退院後あるいは入院前(診断前)から、うつ病を併発していることが多々あるそうです。特に退院後は分かりやすい。なぜなら、今までストレスなりを感じていたらお酒で発散させていたのに、急に断酒生活でそのストレス発散の道を断たれるわけですから、心のはけ口を失ってしまうわけです。決してそれだけがうつ病になってしまう理由ではありませんが、これは大いに私の場合はありうることだったと思います。

(続く)

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