アル中病棟 入院記(6):病棟内で深まる親交。と同時に深まる溝

03.アル中病棟 入院記

(こちらからの続きです)

アル中病棟 入院記(5):退屈な日常は、濃密なものへと変わりゆく
さて、月曜からアル中病棟に入院した私は、結果的に金曜までのあいだ「治療プログラム」――病院内では"ARP(Alcohol Rehabilitation Program = アルコール・リハビリテーション・プログラム の略)"と呼ばれていまし...

前回の最後、私は「アルコール依存症を「今度こそは」と絶対に克服するためにわざわざ入院したにもかかわらず――アル中病棟の現実は、その決意を打ち砕くようなものでもあった」と結びました。

その「現実」とは何か。それは、

  • 私としては本気でアルコール依存症を克服すべく、断酒のために入院を決意したのに、
  • 入院している仲間の大半はそうではなく、むしろ酒をやめようという空気はほぼ皆無

というものでした。大半のアル中は、酒を本気でやめる気なんてありません。これは『失踪日記2 アル中病棟』でもつぶさに描かれていたことでしたから想定済みではありましたが、それは入院してほどなく、ごくごく自然に、あまりにも簡単に思い知らされます。

たとえば、ARP(Alcohol Rehabilitation Program = アルコール依存症・リハビリテーション・プログラム の略)と呼ばれるプログラム中の光景。これはどこのアル中病棟も同様だと思いますが、入院期間の前半1ヶ月は、院内でのアルコール依存症に関する「座学」がメインとなります。ただ、この講義中の「だらけきった空気」といったらありません。さすがに大人ですから「学級崩壊」状態にはなりませんが、ほとんど誰も真面目にレクチャーなど聞いていない。それどころか、露骨に「ボイコット」の姿勢を身をもって示す人も少なくありません(「居眠り」は当たり前で、「腕を組む」「斜に構える」「貧乏ゆすり」などが大多数で、しまいには「早く終われ」的なジェスチャーをする人まで……)。

とはいえ、それも当然なのです。実際、周囲の話を聞くと何度も再入院している方がいかに多いことか(みな、フランクに「今回でXX回目」と答えたり、「おう、また会ったね」と再会の挨拶を交わしてあっています)。他の病院から転々としてきた人もいます。つまり何度も何度も同じような話を聞いていれば、いかにそうした座学が自らにとって「無意味」なものか痛感されているでしょうから、「聞く耳を持たない」態度になるのも仕方がありません。

(しまいには「自分のほうがよっぽどうまく講義できる!」と豪語する仲間もいましたが、確かにアルコール依存症の当事者ですから、リアリティという点ではまさしく勝るものがあるでしょう。ちなみに先生の中には、「私もアルコール依存症になりかかったことがあり」と正直に話される方もごく稀にいて、そうした方の講義は非常に聴きごたえがありました)

また「AAメッセージ」などといって、AAからゲストの方が病棟に来て話をしてくださる時間もありました。しかし、これまた座学と同じく、誰もロクすっぽ話など聞いていません。しかも終わったあとの喫煙所は、「さっきのあれはなんだ」と総ツッコミ&大ブーイング大会になります……。

特に入院が初めての方だと、その大半が「そもそも自分がアルコール依存症だなんて信じられない」or「認めたくない」と、まさに(アルコール依存症に特徴的といわれる)自らの病を”否認”しているケースも多いです。そうした方だと、やはりAAの方たちの「酒害体験」には耳をそむけたくなるし、「自分はあんな奴らとは違う」という抵抗感も強く感じてしまうようでした(ちなみにAAの方たちも、一様に「最初は自分もそうした違和感をAAに抱いた」と話すのですが、そこに共感を示す人は残念ながらほとんどいませんでした……)。

断酒したい。そう願う私は、入院生活にも慣れていくにしたがって、次第にそうした周囲との「温度差」も強く感じていきました。というより、(心の内では)孤立する感覚を抱いていった、といえるかもしれません。

もちろん表向きには、入院仲間との交流・親交関係は深まっていきますし、入院生活にもだいぶ慣れて、むしろ「楽しい」「過ごしやすい」とすら思えてきます。これまで書いてきたように、「(自由にカスタマイズできる)食事が楽しい」「(喫煙所での)仲間との会話や懇談が面白い」というのもありますが、その他にも「毎朝6時に起きる規則正しい生活もさっぱりする」「朝、自分で洗濯をして病棟の屋上で乾かすのは気持ちいい」などの感覚も湧いてきます。

しかしその一方で、周りの「断酒」に対する考えや本音、そして再入院者が多い現実を知れば知るほど、「この病院にいても、自分は断酒なぞできないのではないか」という思いも内心では強まっていきます。実際、退院後は「断酒するつもりはない(節酒するくらいの気持ちはある)」と話す人のほうが多かったと思います。私と同じく「(今度こそ)絶対に断酒する」という人は、あくまで感覚値ですが、おそらく1割から(多くても)2割程度で、少数派だったのは間違いありません。もっといたのかもしれませんが、「今度こそやめる」と決意している人ほど、おそらく病棟での「馴れ合い」は避ける傾向にあったのではないかと思われます(おそらく、それが自分の決意を鈍らせると感じるかからかもしれません……)。

本来なら、これは実に奇妙ことではあります。そもそもアル中病棟は、アルコール依存症からの回復とのその克服を目指すことに同意した人が入院しているはずです。そして、アルコール依存症は現代医療でも完全に「治療(病気を除去)」することはできず、たとえ入院したとしても、退院後も断酒するしか「回復」の道はないと何度も念を押されます。私は入院前の体験で、そのことの難しさを身をもって知っていました。だからこそ本当に断酒したいと思い、ついに入院するに至ったのですが、現実はどうもそうではないのです。

私はこうした現実を知るうちに、これこそがまさにアルコールの恐ろしさだとは納得すればするほど、「自分もまたあの最悪な日々に戻ってしまうのか」と恐ろしくなっていきました(退院したいまでも、もちろんその恐怖は残っていますが……)。それにつれ、退院すること自体も少し怖くなっていきました(これもまたアル中尾病棟ではしばしば見られる現象で、「退院ブルー」などと言われるようです)。初日のガッチャン部屋入りも、結果的にはショック療法のように効いていたのかもしれません。

とにかく私はもう、酒でボロボロになったソンビのようにもなりたくないし、まして死にたくもない。そう思えば思うほど、そしてその一方で、断酒の難しさを知れば知るほど、自分はなんとしてでも断酒したいという思いを強くしていくのでした。

そうして私は入院して1ヶ月が過ぎ、ARPも後半に入りました。ARPの後半は、院内での座学も終わり、院外でのAA・断酒会といった自助グループへの参加がメインとなっていきます。そこで私は、ある決意をすることになりました。(続く)

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