アル中病棟 入院記(5):退屈な日常は、濃密なものへと変わりゆく

03.アル中病棟 入院記

さて、月曜からアル中病棟に入院した私は、結果的に金曜までのあいだ「治療プログラム」――病院内では”ARP(Alcohol Rehabilitation Program = アルコール・リハビリテーション・プログラム の略)”と呼ばれていました――を受けることはできませんでした。

その間は当然、特に日中、猛烈なまでの暇と退屈が襲ってくることになります。しかし私の場合は主に以下の2つをこなすことで、意外とあっというまに時間は過ぎていきました。そして1週間もしないうちに、最初は退屈で死ぬかと思っていたのが、だんだんと「濃密」な日々へと変化していくの感じていました。

  • ①入院生活に必要なものを買い足す(買い出し)
    • もちろん入院前に事前に準備はしてきたが、周りの先輩たちを見て「なるほどこういうものを買ってくると確かに便利だな」「これは自分もぜひ欲しいな」と思ったものが多々存在(詳細は アル中病棟 入院準備編(4):入院生活 必需品リスト その2 を参照のこと)
    • 病棟の先輩方に色々と話を聞いて、病院の最寄り駅そばにある100円ショップやスーパーマーケット等の情報を教えてもらう
    • 外出届を病院に提出し(※私の場合は任意入院なので、入院翌日から日中、門限時間までは外出可能だった)、病院から出ている送迎バスで最寄り駅まで移動。ちなみに私が入院していた病院の場合、この送迎バスの本数がさほど充実していたわけではなかったので(基本的に1時間に2本)、基本生活リズムはバスに合わせることに。
    • ちなみに外出のついでにコンビニなどへ寄って、Wi-Fiを捕まえてはデータの重いものをダウンロードし、パケットを節約(病院にWi-Fiはないため)
    • もちろん外出先から病棟に戻ったときには、荷物検査(特に絶対禁止となるアルコールを含むものを持ち込んでいないか)を必ず受ける。最初はドキドキしますが次第に慣れます(笑)
  • ②昼は屋外の喫煙所、夜も喫煙所+食堂でのコミュニケーションや情報交換(きっかけは アル中病棟 入院記(4):1日のスケジュールと退屈な日常との戦い を参照のこと)
    • 自分の場合、普段はさほど社交的なタイプではなくどちらかというと人見知りするほうだが、病棟では喫煙所という場がきっかけとなり、わりと多くの方と積極的に交流できた(と自分的には思う)
    • それは上のような「入院生活のいろは」を知る上でも役立ったが、自分としては「アル中病棟に入院してきた理由や経緯、回数など」を聞くほうが、結果的には凄くためになった(詳しくは アル中病棟入院準備編(1):入院先を探す(1%の恵まれた入院者) にも書いたとおり)
    • 以前にも書いたが、アルコール依存症といっても本当に多種多様な人が(本当にその中には「え?こんな人でも?」という方もいるし、強烈なキャラクターを持った方もいるのだが)、様々な理由やきっかけでアルコール依存症になる、ということを直接知ることができたのは大きかった
      • やはり『失踪日記2 アル中病棟』のようなマンガで読んで知るのと、自分も当事者の1人となって直接話を聞くのとでは、当然ながらリアリティが大きく異なる
    • また、アルコール依存症はその他の病気や身体的疾患(たとえば糖尿病や骨・関節の弱体化など)も併発しやすいため、そうしたアルコールが身体に与えるダメージの大きさをこの目で見ることができたのも大きかった……
      • 私よりも世代的に上の方が多かったが(40~60代)、年齢をお聞きすると、ぱっと見の印象だともっと5歳か10歳は余裕で上に見える(つまり実年齢より老けて見える)方が少なくなく、驚いた
      • 率直にいえば、「自分もさらに飲み続けていたらこうなっていたかもしれな(この先酒をやめられなければ、確実に同じようになる)」と嫌でも分かる
    • それも含めてだが、そもそも入院するまで、同じ「アルコール依存症」の人たちと会うということ自体がレアケースだった。これがアル中病棟に入ると大きく変わる
      • その点、アル中病棟は当然ながら(自覚はあるかどうか別として)同じアルコール依存症者ばかりが集まっているので、「アル中あるある」を話しているだけでも「それなー」と共感できるし、話題には事欠かない
      • そして、「ああ、自分だけじゃなかったんだ」とホッとできるのも、特に入院したての頃は心理的に効果大(あくまで個人的な感想ですが、アルコール依存症はえてして孤独な人が多い気がします。酒で友人を失っていくからでしょうか……)

特に後者の②は私的には非常に大きかったです。「アル中病棟入院準備編(1):入院先を探す(1%の恵まれた入院者)」でも書いたとおり、これだけでもアル中病棟に入院した意味はあったと本当に今でも思っています。

ただ、自分はたまたま入院した病院やそのタイミング、そしてそのときの同期の皆さんに恵まれていただけかもしれません。入院患者どうしのトラブルがないわけではありませんでしたが(これが皆無という病院は、2ヶ月もの共同生活である以上おそらくないでしょう)、基本的には適度に和気あいあいしつつも、互いの距離感はキープされた環境で非常に過ごしやすかったです。

たとえば、なかには「自分はこんなアル中の奴らとは違うから、一切交流なんてしない」と体全体から”ATフィールド”を展開しているような――つまり、全くこうした患者間の交流の輪に入ってこずに拒絶オーラを出している方もいましたが、別段そうした方のスタイルが否定されるわけではありません。「共同生活」といっても学校や軍隊などとは違うので、他人に迷惑さえかけなければ入院生活は各々の自由が認められていました。

ただ、こうして入院生活に慣れていき、自分なりの楽しさを見出していった一方で、次第に私が「これは困ったな」とモヤモヤする思いも出てきました。それは入院して一週間が過ぎ、冒頭で触れた「ARP(アルコール・リハビリテーション・プログラム)」が始まった頃から湧き上がってきたのですが、それは次のようなものでした:アルコール依存症を「今度こそは」と絶対に克服するためにわざわざ入院したにもかかわらず――アル中病棟の現実は、その決意を打ち砕くようなものでもあったのです。(続く)

アル中病棟 入院記(6):病棟内で深まる親交。と同時に深まる溝
(こちらからの続きです) 前回の最後、私は「アルコール依存症を「今度こそは」と絶対に克服するためにわざわざ入院したにもかかわらず――アル中病棟の現実は、その決意を打ち砕くようなものでもあった」と結びました。 その「現実」...

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