アル中病棟 入院記(2):初めての夜は、「ガッチャン部屋」で

03.アル中病棟 入院記

ガッチャン部屋。誰がそう呼び始めたのは定かではありませんが、おそらく日本人であれば――つまり、日本語に特に多いと言われる「擬音語」や「擬態語」の意味合いやニュアンスを理解できる人であれば――一発でその意味が分かる言葉です。そう、ガチャンと鍵のかけられる隔離室。閉鎖された独房。

私はそこに、入院日から翌日の朝まで入れられることになりました。

「まさか自分が入ることになるとは思わなかった」といえば、それは大げさな言い方になります。『失踪日記2 アル中病棟』は何度も愛読していましたから、もちろんアル中病棟での最大の禁則事項であるところの「飲酒」を犯せば、ガッチャン部屋に入れられることは分かっていました。しかし、まさか初日からとは! いや、つい数時間前、寝るためにとはいえ大量に酒を飲んだのだから、それは分かっていた上でのことでしたから、私は全く抵抗感なく、この事態をただ呆然と受け入れるしかありませんでした。

ただ「ガッチャン部屋」とはいえ私の場合は、幻覚・幻聴で暴れてしまうといった症状があってここに入ったわけではありませんから、いわゆる拘束具のようなものをつけられたわけではありません。しかし、当然ながら部屋から自由に出ることは一切できません。部屋の中には1つのベッドだけがポツンと置かれ、その横のテーブルには水の入ったポットが1つだけ置かれ、あとは部屋の隅に1つの便器だけがある空間です。することといえば、寝ること、水を飲むこと、用を足すことくらいのものです。

――正直、どうやってその部屋に入っていったのかは、ドタバタしていたせいもあってか、あまり覚えていません。ガッチャン部屋には、私物の持ち込みは禁止されています。ですので、しばらくすると猛烈な退屈が襲ってきます。基本的に暇をつぶす手段は皆無に等しい状態だからです(もともと分かっていたことではありましたが、自分がアルコール依存だけでなく、立派なスマホ依存であることも痛感させられました……)。

「入院生活のしおり」を熟読する ― 禁則事項の多さに、アル中病棟の「歴史」を読み取る

さて私は、しばらくすると、部屋の中に唯一持ち込みが許されていた、ベッドのかたわらにおいてあった「入院生活のしおり」というファイルを読み始めました(いま私は、退院後に自宅へ持ち帰ったそのファイルを見返しながらこの文章を書いています)。これは入院する前に事前に頂いた入院ガイドのパンフレットよりも、さらに詳細な内容が大量に書かれています。何ページにもわたって、入院生活におけるルールや禁止事項、1日のスケジュール、そして2ヶ月における具体的な治療プログラムなどが書かれたプリントがファイルされているのです。

私はそれを何度も何度も読み返しては、熟読していきました。気になるところは無限にありましたが、やはり気になるのは、注意事項や禁則事項の多さでした。そこに、アル中病棟固有の「歴史」が刻み込まれているような気がしたからです。

ガッチャン部屋に入った酩酊した頭でもクリアに理解できたのは、「アル中病棟にお酒を持ち込んだら一発で強制退院」というルールでした。アルコール依存症からの〈回復=断酒〉を目的とする病院に、自分の意志で「任意入院」してきているのですから、これは当然のことです。ただいまの自分の場合は入院前に飲んできたので、ギリギリ入院前扱いということで退院させられずに済んだ。それだけのことでした。

しかし驚いたのは、ノンアルコールビールですら、2回目の持ち込みで強制退院になるというルールでした。それは臭いや風味も本物に似ているため、飲酒欲求を他の患者さんにも惹起するからだと書かれています。これにはちょっと驚きましたが、自分でも思い当たるフシはありました。私は入院する数ヶ月前、3週間ほどの断酒はできていましたが、「まずはノンアルコールビールから」といいながら、次第にノンアルコールビールの本数が増え、一晩で6本350mlを全部飲み干してしまうようになると、しまいには本物のビールを買っていたからです。

ほかにも、散歩禁止区域があるというのも驚きました。おそらくそれは、ここが精神病棟だからなのでしょう。学生時代に読んだ、M. フーコーの『狂気の歴史』や『監獄の誕生』を思い出しました。ひとことでいえば、「狂人」と、それを社会から〈隔離〉する「監獄」という概念そのものが、いかに近代期を通じて社会において形成されていったか。私は21世紀にもなったいま、その内部に入ったのだと痛感しました(その後私はガッチャン部屋から出たあとに、職員の方から入院生活のオリエンテーションとしてこの項目について聞いたところ、今では実質「有名無実」化しているとのことでしたが)。

また、「患者さん同士の男女交際・恋愛関係(同性間も含む)」という項目も気になりました。同性間も含むカッコとじの箇所は、おそらくあとから追記されたのでしょう。セクシャル・マイノリティであるLGBTに配慮しているという意味では実にリベラルな追記ですが、そうしたインシデントやトラブルが過去にあったのでしょうか。ゲスな勘ぐりをついついそそる項目でした。

さらに、これは強制退院には直接つながらないまでの、共同生活を過ごしやすい環境づくりのための項目として、「よくある入院患者様からの苦情」も列挙されていました。ここではすべては書きませんが、「入浴時には体の汚れを石鹸で落としてから湯船に入ってください」「使用後のトイレは流してください」といったごく当たり前のものから、「テレビの音量最大20まで」「食堂の椅子を出し入れする時は引きずらないで持ち上げて出し入れしてください」といった実に細かいなと思われるものまで、様々でした。

独房での夕食。そして消灯を待つ間に見つけた、小さな「異変」

どれくらい、このファイルを読み直したでしょうか。私はいつの間にか眠りについていたようです。そしてしばらくすると、病棟と同じ時刻で、夕食が運ばれてきました。何を食べたのか、全く記憶にありません。ただ、美味しくも不味くもない、ただのカロリーという印象だけが残ったことと、「カルシウム入り」のふりかけがついていたことだけは覚えています(これはその後もさんざん出てきました(笑))。

夕食後、職員の方が食事を片付けると同時に、私が持ち込んだ荷物の持ち込みチェックをすることになりました。このガッチャン部屋は、「病棟からのドア」「部屋内へのドア」に外側から鍵を掛けられる二重構造になっています。この病室と病棟との間には「玄関」に相当する狭いスペースがあり、ここに私の荷物は置かれていました。私はそこまで出ることを許され、自分の荷物と数時間ぶりに対面しました。

そして持ってきた荷物の確認が入ります。まず驚いたのは、汗を拭く用のボディペーパーも、「アルコール成分が入っている」という理由で没収(正確には「退院時まで預かり」)されたことでした。アフターシェーブローションなども抗酒剤が反応してしまうため禁止されていましたので、肌に触れる可能性があるものは禁止ということなのでしょう。

次に驚いたのは、そろそろ寒くなる季節だと思ったので持参してきていた、ストールも没収されたことでした。理由は「紐だから」でしたが、それを聞いた私は瞬時にネガティブな想像をしてしまい、それ以上の理由を聞こうとする気が失せました(しかし結局、その後寒くなってきたのでマフラーを普通に古着屋で買って持ち帰っても何も言われなかったので、このときなぜ没収されたのかはよく分かりません)。

歯ブラシ・歯磨きは、特例ではありますが、今回は入院前の扱いということで、部屋の中で使用してよいと言われました。また消灯までまだだいぶありましたので、私は暇を潰すために、いくつかの私物の持ち込みを許してもらいました。1つは、入院のしおりにメモを書き込みたかったので、ボールペンを1つ。もう1つは、読書のためだけに持ってきていた、通信機能を持たないiPad(※)でした。しかし、部屋にコンセントはあったのですが、充電ケーブルの持ち込みは許されませんでした。これも理由は同じく、「紐だから」でした(……これまたちょっと暗澹たる気持ちになりました)。

※参考:

アル中病棟 入院準備編(4):入院生活 必需品リスト(その2)―事前に記載も説明もなかったが、持参・追加購入したもの
前回から引き続き、入院中に必要だったものをリスト形式で紹介していきます。今回は、病院から事前に渡された入院ガイドには掲載されていなかったものが中心ですので、これから初めて入院するという方には役立つ情報が多いかもしれません。ご参考までに。 ...

こうして荷物チェックを終えた私は、再び病室に戻り、鍵をガチャンとかけられ、消灯までの数時間を過ごすことになりました。

改めて私は、部屋を見渡しました。当然ながら、独房ですのでベッドは1つです。しかし、独房にしては妙に広い部屋でした。ちょうどもう一つベッドは横におけるような部屋で、もしかしたらかつては2人部屋として使われていたのかもしれません。

そして私は、それまで「何もない」と思っていた部屋に、いくつかの異変というか、普通とは違う箇所があることに気づきました。

まず1つ目に、この独房には便器はありますが、洗面台がないのです。つまり用を足すことはできますが、手を洗うための蛇口が一切ありません。水はポットに入っているので、それで手を洗うことはできますが……私はちょっと潔癖症なところがあり、大のあとは石鹸で手を洗わないと嫌なたちなので、大便は翌朝まで我慢しようと決めました。

そして2つ目は、荷物チェックのあとに気づいたのですが、独房のドアに大きく、明らかに誰かが蹴りつけたような凹み跡がある、ということでした。ガッチャン部屋に入れられた怒りが、そこにぶつけられたのでしょうか……。

それに気づくと、部屋中に何か痕跡はないかと私はついつい探してしまいました。壁は固く塗り固められていたため、特に異変はありませんでした。

ただ一箇所、はっきりと異変のあるところがありました。

それは独房の「監視窓」とでもいうのでしょうか。この独房には、壁を一枚隔ててある玄関的空間から、内側の様子がどうなっているのかを覗き見ることができる小窓がありました。私はその窓をよくよく見てみました。それは一般的なガラスなどではなく、おそらくどれだけ強く叩いても割れることのない、分厚いアクリル的な素材でできていました。そこには、無数の細かなひっかき傷の跡があったのです。

私は、ぞっとしました。そこには、アルコール依存症の狂気が文字通り刻まれていたように感じたからです。

狂気から逃れるために ― 『プリズナー・トレーニング』の開始

しばらくすると、瞑想時間に入るアナウンスが、病室の外で流れているのが聞こえました。確かに「入院生活のしおり」には、夕食後ほどなくして、10分間の瞑想時間に入ると書いてありました。

私も、独房の中とはいえ瞑想をしようと試みました。というのもちょうど入院する2年以上前、アルコール依存症から少し回復していた時期に『サーチ・インサイド・ユアセルフ』という書籍を読んだ影響で、私はいわゆる「マインドフルネス瞑想」に熱心に取り組んでいた経験があったからです。しかし、アルコールで脳がやられているせいなのか、ガッチャン部屋にいる緊張のせいなのか、さきほど見つけた狂気の跡が気になってしまうのか、とにかく雑念が入って全く意識が集中できません。

これには参りました。それこそ、狂気だからガッチャン部屋に入れられるのか、はたまたガッチャン部屋に隔離されているから狂気に至るのか、もはやなんだかわからなくなってきます。

そして私はおもむろにiPadを取り上げ、この入院前に購入していた一冊の電子書籍をKindleで開きました。それは入院前に友人から冗談半分で薦められていた、『プリズナートレーニング』という本でした。

これはひとことでいうと、アメリカで実際に何十年も刑務所に収監されていた囚人だったポール・ウェイド氏による、「自重トレーニング」の方法――ダンベルなどの器材は一切使わず、自分の体重だけを使って筋肉に負荷をかける筋トレ法――を体系的に紹介する書籍でした。私がアル中病棟に入院すると告げたとき、筋トレマニアの友人はまさに本がちょうどオススメだと言っていたのでした。

読むのなら、まさにいましかない。私はそう思いました。

読み始めて数ページ、冒頭の推薦文にあたる箇所に書かれている一文が、私の心に力強く響きました。

(引用者注:本書の原題である「コンビクト・コンディショニング(囚人の身体・精神づくり)」という)このタイトルは、本の核心となるメッセージを伝えてもいる。それは、どれほど狭い場所に閉じ込められようが、奪われることがない自由があるというメッセージだ。世界がどんなに狂っていこうが、すばらしい体と心をつくり上げていう自由があるというメッセージである。

出典:『プリズナートレーニング』 まえがき by ジョン・デュ・ケイン より

どれほど狭い場所に閉じ込められようが、筋トレをする自由は奪われることはない。なんともアメリカ人らしい、「自由賛美」に満ちた一節ではありますが、そのときの私にはこれほど力強い言葉はありませんでした。私はもう夢中になって、決して短くはないこの大部の著書をむさぼるように読み進めていきました。

そして、この本の中で「Big6」とされている6つの自重トレーニング法の中から、いますぐ部屋の中でもできるものを選んで、STEP1から少しずつ試していきました(実際には Pull Up [プルアップ:懸垂] と Hand Stand Push Up [逆立ち腕立て] の2つは、物理的にやるのは難しかったです)。とはいえ、アルコール漬けの生活を1年以上続けていましたから、すっかり身体はなまっています。本当にごく簡単でやさしい筋トレすら、まともにできなくなっている自分がそこにはいました。

それでも私は、アル中病棟の、しかもガッチャン部屋という独房に入ったことで、やっと逆説的なことに「自分の身体を動かそう」というやる気が湧いてきたわけです。要は「ものは捉えよう」「気の持ちよう」というだけのことですが、私は何かの転機を掴んだような気がしました。本書を半ば読み終えたころには、入院中、このプリズナートレーニングを続けていこうじゃないかという気持ちでいっぱいになりました(そして実際、その後毎日欠かさず続けていきました。これは入院生活を送る上で本当によかったと思います)。

そうこうしているうちに、消灯の時間がやってきました。睡眠導入剤が処方されましたが、さきほど昼寝もしてしまいましたし、何より昨日の今日ですから、眠れる気がしません。さらに、病室内の様子をいつでも監視する目的なのでしょうか。常夜灯が普通よりも明らかに強めに部屋内を照らしていて、目をつむってもかなり眩しく感じ、眠気が訪れてきません。

久しぶりの(ほんのわずかな)筋トレでもヘトヘトになってしまった私は、ただただ眠気が来るのを待っていました。翌朝の起床時刻は6時。私は起床時刻がきたら、このガッチャン部屋を出て、晴れて一般病棟へと移ると伝えられていました。しかし、今日はもうまともに眠れないことを覚悟するしかありませんでした。

いつ眠りに落ちたのかは、あまり記憶が定かではありません。夜中の2時か3時くらいまで、意識が完全に落ちることはなかったように思います。私の入院初日は、こうしてまどろみの中で終わっていきました。(続く)

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