アル中病棟 入院準備編(1):入院先を探す ― アル中病棟に入院するのは、わずか1%の「恵まれた」人たち

02.アル中病棟 入院準備

2018年秋、私は人生で初めて、アルコール依存症での入院を決断しました。

……それでは早速、入院体験記を書き綴っていきたいところなのですが、ここでは入院”中”の話をする前に、入院する”まで”の準備期間(入院探し〜入院待ち)の段階についても書き残しておきたいと思います。というのも、いざ自分も入院するとなって一番困った――というか知りたかったのが、「どんな病院があるのか」「どこを選べばいいのか」「何が必要なのか(何を入院先に持っていってはいけないのか)」といった情報だったからです。そしてそうした情報こそが、あまりWeb上には存在していないのが実情ではないかと思います。

もちろんここで書くのは、あくまで私の場合の1ケースに過ぎませんし、病院内でのことはプライバシー保護や守秘義務のため、それほど多くのこと・仔細なことは書けません(当然、病院名も出しませんし、中での出来事も、差し障りのない範囲での記述に留めます)。ですので、本当にあくまでここから先のことは、「参考程度」にと思って読んでいただければと思います。

ただその「参考程度」の情報でも、おそらくこれからアルコール依存症で入院しようかどうかを考えている方にとっては、(かつての私がそうだったように)少しでも役立つことだろうと思います。以下では、次の3つの項目に分けて情報をまとめておきたいと思います。

#結局、すごく長くなってしまったので、ページを3つに分けていきます。

入院先を探す:アル中がアル中病棟を自分で探すのは難しい

さて、入院をいざ決断したといっても、問題は決意しただけでは病院のほうからやってきてくれるわけではありません。私の場合は「入院するまで」の最後(敗北編)に書いたように、「酒に負けた」という思いに打ちひしがれるままに、家族へとその意志をはっきりと伝えるのが精一杯で、実際に病院を探したりする気力・体力、まともな情報検索/判断力はひとかけらも残っていませんでした。

なのでお恥ずかしいことに、私の場合は自分自身ではなく家族にWebで探してもらい、実際に電話などもしてもらって、初外来の予約手続きなどをお願いしてもらっていました。というか、もう家族に言わるがまま、なすがままの状態だったというのが正直なところです。

しかもこれは「アル中あるある」だと思うのですが、いざアルコール依存症での入院を決意したからといって、酒が止まるわけではありません。「どうせ飲めなくなるなら」と思って、入院の直前まで飲み続ける日々を続けていました。ですから、とても自分で病院を探したりするまともな脳みその状態ではなかったわけです。こうして書いてみると、とても入院を決意した人間のすることではないように見えると思いますが、これこそがまさにアルコール依存症なのだ、としか言いようがありません。本当に恥ずかしいことです……。

#ただ、逆にアルコール依存症かもしれないと悩んでいる方は、恥を偲んででも家族に入院をお願いするべきですし、家族の方も「こいつは本当に酒ばっかり飲んで入院する気があるのか」と呆れるとは思いますが、とにかく入院させるしか改善の道は他にありませんので、容赦なく病院を探してあげてください。

アルコール依存症での入院先には2つのタイプがある

ちなみにアルコール依存症で入院するとなると、当然、「精神科(精神病棟)」が対象となります。ただ、私もちゃんと自分で調べたわけではないので確かなことはいえないのですが、入院先にはいくつかのパターンがあるようです。

  • 1. アルコール依存症患者だけの病棟(「アルコール依存症専門治療病棟」、いわゆる「アル中病棟」)がある
  • 2. アルコール依存症患者だけの病棟はない(つまり、他の精神患者の方と同室になる)

私は最初から自分がアルコール依存症だという自覚がありましたので、前者の「アル中病棟」のある病院を探してもらいました。ですので、「アルコール依存症 入院」などでGoogle検索にかけ、自宅からなるべく近いところを探してもらうわけですが、私の場合、それでも自宅から電車でだいぶかかる場所にしか入院先候補はありませんでした(※ちなみに都心部在住です)。

これはいざ入院してみようと思わなければ知ることもないわけですが、実際にはアルコール依存症の専門病棟を備えているような大規模な精神病院は、たとえ首都圏でも数少ないのが実情です(というかアル中病棟の入院経験者だと、「ああ、あそこね」と分かってしまうレベル)。

わずか1% ― アル中病棟に入院できるのは「恵まれた一握りの人」

そしてこれが何を意味しているかというと、実はアルコール依存症で入院する、いや「入院できる」ということは、実は確率分布的な観点からみれば極めて幸運で恵まれたことなのだ、ということです。

というのも、これは私も入院するまで知らなかったのですが、厚生労働省の調べによると、2013年時点における日本国内のアルコール依存症者は約「100万人」、潜在的リスクを抱えている人は推定で「1000万人」にも上ります。しかし、実際にこの病で入院治療を受けている人は、2014年で「1万人」にも満たないのです(出典:調査・日本の飲酒実態|特定非営利活動法人アスクより)。

つまり、わずか1%です。おそらく普通の人がこの数字を見れば、「入院者が1%しかいないということは、それはよほど酷い状態まで”堕ちた”不幸(不運)な人なんだろう」としか思わないのではないでしょうか。確かに、それは実際に正しい見方だともいえます。

しかし、入院した当事者の体験からすれば、アルコール依存症になってしまったからには、程度の差はともかく――つまりどれくらい身体や精神がボロボロになっているかの度合いは抜きにして――入院は早ければ早いほどよいと思います。少なくとも自分は、もっと早く入院しておけばよかったと思いましたし、それでもまだ自分は早く入院できたほうであり、とてもそれは幸運で恵まれたことであったとも思います(後述するように、実際にアル中病棟の数は絶対的かつ慢性的に足りておらず、入院する際も常に「病床空き待ち」、要は入院したくてもすぐにはできないのが当たり前なんだそうです)。

つまり1%という数字は、アルコール依存症で入院できるのは、そこからの回復のいとぐちを掴むことのできた、非常に運に恵まれたごく一握りの人なのである。そう認識すべきだと私は考えています(ただ、入院しているうちの99%とまではいいませんが、ほとんどの入院患者たちは、そんなことは露一つも考えていないのが現実ですが……)。

「アル中(専門)病棟」がない精神病院も当然ある。だが……

また後者の場合、つまり「アルコール依存症患者だけの病棟はない(つまり、他の精神患者の方と同室になる)」のケースでも、院内にはアルコール依存症に関する治療プログラムが存在し、それに沿った形で入院生活を送ることになると思います。自分は未経験なので多くは語れませんが、実際、そうした病院も少なくないようです。

ただアルコール依存症の場合、確かに精神科にかかるべき病ではあるのですが、入院中は当然お酒を飲んでいない=シラフの状態ですので、むしろ「自分は酒さえ飲んでいなければマトモだ」という方が大多数ではないかと思います(ただ退院後、その自己認識自体がある種の傲慢さをともなった誤りだということに気づかされるのですが……)。

そしてそういう方であればあるほど、精神病棟に入ること自体に抵抗感を抱く方は少なくないでしょう。私の場合は幸い(?)、そうしたいわゆる「キXXX病棟」に入ることへの抗感感や偏見、差別意識は少なかったのですが、実際に入院してみると、アル中病棟以外の患者の方へ対して、そうした意識を隠そうとしない方も少なからず見られました(つまり他の病棟の精神病者の方を見下したり、「自分はキの字ではない」と抵抗感を見せたりなど)。こればかりはその人の考え・価値観次第になってしまうのでどうしようもない側面も大きいのですが、少なくとも入院先を選ぶ際、アルコール依存症の方は、同じアルコール依存症患者だけに限られた病棟に入るほうが、同じ病気で苦しんでいる方を見たり・話したりすることで学んだり共感したりする点も多々ありますし(もちろんその逆に、「自分はこんなクズのアル中とは違う!」と拒絶反応を示してしまう方も少なくないのですが)、他の精神病患者に対する抵抗感や、入院患者間でのトラブルや諍いも少なくて済むはずです。

といっても、約2ヶ月近い共同生活を送る以上、いくらアル中患者どうしでも(いや、だからこそ?)、院内でのトラブルや諍いには事欠かないのですが……。それについては、また機会を改めて書こうとは思いますが、どこにでもありふれているようなことではありますので、あまりこのブログではフォーカスせずに書いていこうと思います。

というのも、そうしたアル中病棟ないしは精神病棟でのトラブルや諍いをいくら(おもしろおかしく脚色して)書いたとしても、「こんな目には会いたくない」と思う人が増えるばかりで、アルコール依存症での入院を必要としている人にとってはかえって逆効果ではないかと個人的に思うからです。むしろ私は、入院はメリットであるとポジティブに思える点を書いていきたいと思っています(なんだか病院の回し者だと思われそうですが、当然そんな利害関係は一切ありません!笑)。

アルコール依存症という本人の”自覚”なく入院する場合: 任意入院か否か

さて、話を戻しましょう。私の場合は「自分はアルコール依存症である」という自覚をともなって入院の道を選んだのですが、実際にはこうしたパターンは珍しいようです。何度か触れてきたように、そしてよく知られてもいるように、アルコール依存症は「否認の病」、つまり自分で自分がそうだと認めるのに相当な時間とプロセスを要する病だからです。

そして、これは私が実際に入院し、他の方にもいろいろな話(入院した経緯やこれまでの体験談)を聞いてみたところ、「否認(自覚がない)」といってもその形もさまざまだということもよくわかってきました。

たとえばよく知られているのは、

  • 幻覚・幻聴や見当識障害(いま自分がいつ・どこにいるのかも把握できない)などの重度の離脱症状が出ており、統合失調症に近い症状が出ている

という、アル中の自覚どころかまともな自我・自意識すらも喪失しているケースで、吾妻ひでお氏の『失踪日記2 アル中病棟』で描かれていたのはまさにこちらのパターンでした。こうした方は最初から「アル中病棟」に運ばれるケースもあるようですが、いろいろな病院(精神科も含む)をたらい回しにされた結果、最終的に「アルコール依存症専門」の病棟に回されてくる、といったケースもあるようです。

いずれにせよ、この場合はもはや本人の自覚も選択もあったものではありませんから、救急車で運ばれたり、家族に半ば無理やり連れてこられたりといった形で、いわゆる「任意入院(自分の意志に基づく入院)」ではなく、「強制入院(本人からすると強制的な形での入院)」となります(※)。

※法律用語(精神福祉保健法)では「措置入院(自治体の命令で入院)」や「医療保護入院(家族の同意と病院の判断で入院)」などというようです。しかしこれらは本人の意志や司法の判断なく入院させることができてしまうため、人権上の問題があると国際的に指摘されています。参考:「九州の精神保健福祉の課題と精神保健福祉センターとの連携」。おそらくですが、日本でもアルコール依存症でこれらが適用されるケースは少なくなっているのではないかと思われます。

これはひとことでいえば、入院時の自由は大きく成約されるということです。「アル中で入院」と聞くと、こちらのケースを想像する方が多いのではないかと思います。

ただ、これは私も意外だったというか、単に知らなかっただけなのですが、私が入った病院は基本的に「任意入院」のみを受け付けている病院でしたので、上のような「強制入院」は極めて少ない(本当にやむをえない場合のみ)とのことでした。たとえば強制入院の場合、「入院して一週間は幻覚・幻聴などの離脱に呻き苦しみ、離脱が抜けきるまではガッチャン部屋に隔離される」といったこともあるようですが、少なくとも私の場合、入院中にそうした壮絶な症状の方が入ってくることはなく、アル中病棟の日々は平穏そのものでした(ただ、「ガッチャン部屋への隔離」という一時的措置じたいはよくありました。かくいう自分も実は……というのは、また改めて記します)。

その一方、アルコール依存症を扱う病院によっては、問答無用で最初は強制入院(閉鎖病棟への隔離)の形しか認めない〈厳しい〉ところもあると聞きます。おそらくですが、どれだけ本人の意志があったとしても、最初の外来は家族同伴が必須で、家族の了承のもとでの強制入院、という形をとるのではないでしょうか。もちろんアルコール依存症は「否認の病」なので、本人がどうしても認めない場合は当然それもやむなしとは思います。

意外にも「自由」なアル中病棟(※ただし任意入院に限る):その理由とは?

ただ、いまこの文章を読んでいる方で、少しでも「自分はアル中かもしれない(アルコールの飲み方に問題がある)」という自覚があるのであれば、あまりにも自由が制約される強制入院のパターンは、入院生活それ自体もかなり辛くなってしまうのではと思います。

というのも、これは後の「入院体験記」で書きますが、私が選んだ最初からの任意入院の場合は、実にあっけに取られるほどの(もちろん酒を飲む自由は与えられませんが、それ以外での)「自由」が与えられるからです。たとえば外出の自由もそうですし、食事(外食・院内食ともに)の自由や、金銭管理面での自由(自己管理)もそうです。むしろ「アル中病棟への入院」と聞いたとき、普通の人が抱くイメージからすると「自由すぎる」とすら感じるかもしれません(普通であれば、もっとがっつり世間から隔離され、自由も著しく禁欲的に制限される、「監獄」に近いイメージを想像される方も多いのではないでしょうか)。

これには相応の理由もあるでしょうし(あまりルールでがんじがらめにしても、どうせ逸脱者が出てきて管理しきれなくなるetc.)、病院ごとにルールや程度の差も大きいようです。ただ1ついえるのは、なぜアル中病棟に一定の自由が認められているのかといえば、それは退院後のことをあらかじめ想定しているからです(と実際に説明されました)。

それはこういうことです。確かに入院中は飲酒のリスクから物理的に遠ざかることができますが、永遠に入院生活を送ることはできない以上、どこかで日常生活および社会への復帰をしなければなりません。そのためアル中病棟といっても、「規則正しい生活」をすることは治療上の必要として強いられますが、それ以外での自由が過剰に制約されることはありませんでした。これは、「自由」を好む私の肌には合っていたと思います。

#ただ、ここにはいろいろな議論の余地があって、「やはり入院生活は治療行為なのだから、もう少し懲罰的、つまり自由も制約されていて生活も窮屈に感じるくらいのほうがいい」という立場もありえると思います。そういう方にはそうした病院を選ぶ、といった「選択の幅」がもう少し入院前に分かればといいと思うのですが……。私の場合は、入院時および退院後に仲間たちから伝聞で聞いた話も含めてあれこれツギハギしているだけですが、ひとくちにいって「アル中病棟」といっても、実は細かな差が無数にあるということは明記しておきたいと思います。

実はよくある、「否認」というより「無自覚」なアル中病棟への入院パターン

少し話は長くなってしまいましたが、私が入院してみて感じたのは、よくある「酒乱・酒豪で明らかにどう診てもアルコール依存症なのに、それを認めないで否認しているタイプ」だけではなく、どちらかといえば「無自覚タイプ」とでも呼ぶべき方も少なからず入院されている、ということでした。たとえばそれは、

  • アルコールの飲み過ぎが原因による肝機能の異常から、消化器内科などへいったん入院。その後引き続き、肝臓への影響を考慮して、アル中病棟を紹介されて移ってきた

というような方でした。実際には肝臓のような消化器だけではなく、他の病気・病巣(脳など)と関連して、アルコールを飲まないようにとの配慮から、他の病院からアル中病棟に入ってきた方もいます。

こうした方は、確かに一見したところ「典型的なアルコール依存症者」には全く見えず、当のご本人も「アルコール依存症なんて病名も、アル中病棟の存在も初めて知った」という方が大半です。なので、アル中病棟でもちょっと「浮いた存在」というか、当の本人たちもそうした居心地の悪さのようなものを感じているように私には見えました。

とはいえ、話をよくよく聞いてみると、確かに連続飲酒に近い状態に陥っていたり、社会的に問題のある飲酒行動(たとえば飲酒運転など)を日常的に行っていたりと、要はアルコール依存症という自覚がない(アルコール依存症で苦悩している自意識はない)だけであって、十分に「治療を要する」状態な方も少なくありませんでした。そして、入院中にそうした問題意識を自認するに至る方もいましたし、そうではない方もいました。これはもう人それぞれというしかありません。

「アルコホーリクス・ダイバーシティ(アル中の多様性)」を身をもって知ることの重要性

ただここで言いたかったのは、「アルコール依存症は否認の病である」といっても、本当にいろいろな方がいるという、言葉にしてしまえば、ごくごく当たり前のことを言いたかっただけのことです。そしてそれは裏を返せば、同じアルコール依存症でアル中病棟という場所に入院しているといっても、本当にさまざまな経緯で入っている人がおり、いわゆる典型的な「アル中」というイメージに当てはまる方は少ない、ということでもあります。

そして、いうなればこの「アル中の多様性」こと、「アルコホーリクス・ダイバーシティ(Alcoholics Diversity)」にふれることが、少なくとも私にとって、アル中病棟に入院して得られた最も大きな意味でもあり価値でもありました。

というのも、これは後々にも折に触れ書きますが、アルコール依存症は入院することで(心身や脳機能の)「回復」はある程度確実にもたらされますが、アルコール依存症という病じたいが「治癒」、つまりその病が完全に身体や脳から消えて無くなることはありません。つまり、どれだけアル中病棟に叩き込んだとしても、数ヶ月もすればすっかり酒を飲める身体になって退院し、またすぐに飲み始めて再入院してしまうケースも大変多いのです。これは話には聞いていましたが、本当に呆れてしまうくらい、そのとおりでした。

「なんだ、それではアル中病棟に入院する意味なんてないじゃないか」と思う方も多いと思います。実際かくいう自分も、あまりの「(再)入院経験者」の多さに、そう思ったこともありました。しかし無事に退院したいまでは、それでも入院した意味はあった(そして退院後も、AAなどの場を通じてアルコール依存症の仲間たちと交流し続けることの意味がある)とはっきり断言できます。その理由の1つが、まさにこの「アルコホーリクス・ダイバーシティ」、つまりアル中には人それぞれの形やあり方、そしていろいろな理由や経緯があるということを身をもって知ることができるからです。

「こうはなりたくない」と同時に「こうなっていたはずだ」という、自分の〈偶有的な姿〉を無数に見つけられる場所。それがアル中病棟

さらに付け加えるならば、それでも結局アルコール依存症の人間は、酒を飲み続ければ確実にその身体と精神(脳)、いずれか・いずれもの健康を深刻に脅かすということもまた、アル中病棟に入らなければその目ではっきりと見ることができません。私の場合、これもまたアル中病棟に入院することで得られた最大の教訓というか、(多大な失礼を承知でいえば)「反面教師」とすべき人たちをこの目で多数目撃できた、ということに尽きます。もっとはっきりいってしまえば、「こうはなりたくない」と強く思えると同時に、「自分も飲み続ければ確実にこうなる(こうなっていたはずだ)」と強く思わせてくれる人たち。いいかえれば、ほんの少しの選択肢の差で「こうなっていたかもしれない(こうなるかもしれない)自分」の姿を、いくらでも見つけることができる場所。社会学の言葉を使うならば、こうした「偶有性(contingency: こうでもありえたかもしれない可能性)」に満ちた空間こそが、自分にとってのアル中病棟だったのです。

少なくとも私の場合は、それまでの社会生活において、「アル中」を自認している人や、はたから見てもどう見てもそうとしか呼べない人と直接に交流する機会はありませんでしたし、知人・友人にもいませんでした(アル中になる潜在的リスクを抱えている人であれば、少なからず頭に浮かびますが……)。これはなんでも当てはまることですが、やはりいくらアルコール依存症について「知識」だけで知っていても、自分の目で見て感じるのとでは、雲泥の差があります。人生へのインパクトがあります。

だからこそ、その衝動に突き動かされるかたちで、私はこのブログを書いているともいえます。かつての私のように、自分はアルコール依存症かもしれないと思っているが、まだ入院したことのない「99%」の人たちに、できるかぎり伝えたいのです。少しでも早く、アル中病棟に入院し、アルコール依存症から抜け出すいとぐちを掴んでほしい、と。

入院日を決める:初めての外来訪問、病棟見学

アル中病棟 入院準備編(2):入院日の決定(初外来と病棟見学)
今回は「入院準備編その2」です。いざアルコール依存症で入院できる病院を探しても、当然ですがいきなり入院できるわけではなく、まずは外来にて先生の診察を受け、そこでOKが出たら入院が決まります。 今回は、入院日を決めるまでのプロセス(病棟...

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(続く)

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