アル中で入院するまで(6):連続飲酒の再発と猛烈な不眠状態の到来、そして自主入院へ【敗北編】

01.アル中病棟 入院するまで

マロリーワイス症候群での入院から約3週間後、病院にて再度血液検査を受ける日がやってきました。

このときの結果は、γ-GTP が入院時の600から200に低下していたのがまず目を引きました。自分としてはわずか3週間とはいえ、全く飲んでいない状態を維持していましたので、「えっ、まだそんなに高いのか」と驚きましたが、お医者さんは「この数値はそんなにすぐに下がるわけではないので。ただ、順調に下がってはいますね」とおっしゃいました。また、γ-GTP 以外にも問題のあった肝機能の数値は、軒並み標準程度にまで下がっていました。エコー検査でも脂肪肝以外の症状は特に見られなかったため、「このままお酒は控えて、休肝日をつくって、適度な運動をしてください」と言われました。

そう、これはこのときから数年前、人生で初めてγ-GTP が200を超えて消化器内科で再検査を受けたときと、全く同じものでした。正直自分は、「またか」と思いましたが、まだこの時点では、マロリーワイス症候群での手術と入院がトラウマになっていたので、素直にその言葉を受け止めていました。このときは完全に断酒するつもりもありませんでしたが、少なくとも以前のような連続飲酒状態には決して陥るまい、との意志を強く持っていました。

しかし、アルコール依存症は、まさに意志の力だけではどうしようもない病なのです。そのことを思い知る出来事が、ほどなくしてやってきました。

入院から一ヶ月以上が経過した日のことでした。あるきっかけで、私は再び大量にアルコールを飲んでしまう日がありました。詳細はここでは省きますが、最初は本当に、350mlのビールを1〜2缶ほど飲んで止めるつもりでした。しかし、これは自分にとって非常によくなったのですが、ちょうどバホーム・パーティのような形で、そのときにはテーブルの上にビールや缶チューハイといったお酒が大量にズラリと並んでいたのです。しかも、そのほとんどには手がつけられず、あまり減っていかない状態だったのです。こういうとき、「もったいない」「どうせ誰も飲まないなら」と自分は考えてしまいがちで、いつものくせで次々と酒のプルタブを開けていきました。

すると泥酔することはなくても、気分は大変に良くなっていきます。そのうち、先日酒の飲みすぎが原因で入院した話をしても、自分より年上の方が、顔を赤らめながら「γ-GTP なんて俺もいつも毎年200は超えてるよ!」と言います。その言葉を聞いて、正直自分は背中を押されるような気持ちがして、なんだかホッとしたことを覚えています(ちなみにその人に、もちろん悪気があったわけでは全くないですし、私も全く悪感情は抱いていません。酒好きであれば、よくする会話の1つに過ぎないからです)。

そしてこの日は、結局深夜に至るまで、大量のアルコールを飲みました。その翌朝、久しぶりの二日酔いに近い状態を迎えながら、やってはいけないことだとはわかりつつも、朝から酒を買いに走ってしまい、再び連続飲酒をしてしまいました。この日はもう丸一日、まともな状態ではありませんでした。記憶も完全にあやふやですし、あとから聞いた話では、自分でも全く覚えのない迷言を吐いていたようです。

とはいえ、このときの自分はこう考えていました。「久々にタガが外れて、飲みすぎてしまった」 ただそれだけの過失としてやり過ごし、また節酒の生活に戻るつもりでした。

しかし、もはや身体がそれを許してくれません。一度大量飲酒をしてしまうと、その酩酊感覚が忘れられない快楽として自分を捕まえに来るのです。私は再び、以前どおりの連続飲酒状態へと戻っていきました。もちろん最初こそ量は控えめに、しかしそれでも、日々着々と量は増えていきました。2ヶ月もすると、再び身体には嘔吐感が現れはじめ、またしてもうっすらと血の混じった吐瀉物を出すときもありました。

これはまずい。もちろんそう考える自分は、当然酒を止めようとします。実際、飲酒せずに寝ようとします。

しかしここで訪れたのが、今までに感じたことのない、強烈なまでの離脱症状でした。

それは自分の場合、猛烈なまでの「不眠」という形で現れました。具体的にいうと、たとえば24時間ぶっとおしで寝ることができません。やっと寝れたと思っても、2時間も寝ることができずに目が覚めてしまいます。しかも尋常ではないほどの寝汗をかいており、シーツはぐっしょりと濡れています。不快感はとても酷いものでした。幸いにして自分は、アルコール依存症の離脱症状として知られる「幻覚・幻聴」こそ出ませんでしたが、寝ようと目をつむると、わけのわからないイメージが次々と襲ってきて、恐怖のあまり寝られないということはありましたから、実質的には幻覚を見ていたようなものだと思います。

そうしてまた酒を飲まずになんとか我慢し、2日目を迎えるのですが、またしても24時間近く、ずっと寝ることができません。ほとんど睡眠が取れていませんから、ベッドから起き上がって、何かをする気も起こりません。かといって、ベッドにいれば脂汗を大量にかきます。ちょうど季節は夏のことでしたが、大量の汗をかいて寒気に震えたり、実際に38度近い高熱が何日も続いたりと、もはやまともな状態ではなくなります。これらもまた離脱症状であり、典型的な自律神経の失調でした。

しかし「自律神経失調症で寝付けない」というのは分かっていても、それを治す手段をあれこれ調べたところで、「規則正しい生活をしましょう」「昼間は日光を浴びて、適度に運動をしましょう」くらいのことしか対策はわかりません。それができるくらいならば、とっくにやっています。それすらもできない状態で、どうすればいいのか。私はもう途方にくれるしかありませんでした。

正直、酒を飲んでいなくてもこんな状態では、酒に酔っているのとたいして変わらないと思いました。身体も全く使い物になりませんし、意識も常に朦朧としていて、実際外出もできないような状態に陥っていきました。

当然、こんな慢性的不眠には耐えられないと考えた私は、久しぶりに睡眠薬を処方してもらっていた心療内科を訪れ、率直に自分の状態を伝えました。しばらく通院していなかったが、大量飲酒がきっかけで吐血入院をし、離脱症状が酷く全く眠れない状態が続いている、と。だから自分は、完全な断酒を実行するために、毎日・1ヶ月分の睡眠薬をいただきたいとお願いしました。先生は私の訴えを聞き入れ、そのとおりに睡眠薬を処方してくれました。

しかし、もはや以前の睡眠薬は全く効かない身体になっていたのです。以前はあれほど熟睡できていた薬にもかかわらず、そして自分でも「寝たい」という感覚はあるにもかかわらず、「寝る」という人間にとって基本欲求の1つが全く満たされないのです。これには、本当に参りました。

こうして自分は、あっという間に連続飲酒と離脱症状のドロ沼へとはまりこんでいきました。わずか数ヶ月のうちに、自分は以前よりも心身ともにボロボロの状態へと落ち込んでいきました。酒には手を出したくない。しかし酒を飲まないと、全く寝ることができない。感情や情動も不安定になり、抑うつ感も酷くなる一方ですから、「もうこのまま死んでしまいたい」という希死念慮も出てきます。

ただ、自分は睡眠薬のオーバードーズ(OD)だけはしませんでした。理由は簡単で、希死念慮はあっても、死ぬのは当然怖かったからです。結局、酒を飲んで寝るしかないことがわかると、処方してもらった睡眠薬は使うことなく、放置していました。もう、自分でもどうすればいいのか、本当に全くわからなくなっていました。

そして自分はついに、――否、「ようやく」というべきでしょう――アルコール病棟への入院を、決意することにしました。それは酒への敗北を認めることでもあり、酒をコントロールできるはずだという自分の確信を捨てることでもありました。いま考えれば、いくら「自分はアルコール依存症だという自覚があったとしても、それはあくまで「知識の上」だけのことで、心の底から自分をそうだと認めたくはなかったのです。やはりアルコール依存症は、根深い「否認の病」だと思います。

私はこうして、酒への白旗を掲げ、藁をも掴む思いで、アルコール専門の入院病棟のある病院へと向かいました。(「アルコール病棟 入院準備編」へと続く)

アル中病棟 入院準備編(1):入院先を探す ― アル中病棟に入院するのは、わずか1%の「恵まれた」人たち
2018年秋、私は人生で初めて、アルコール依存症での入院を決断しました。 ……それでは早速、入院体験記を書き綴っていきたいところなのですが、ここでは入院"中"の話をする前に、入院する"まで"の準備期間(入院探し〜入院待ち)の段階につい...

#アルコール病棟 入院記の前に、アルコール依存症という病気自体について、自分なりに思うところをまとめてみました。それはつまるところ、「アルコール依存症になるきっかけは人それぞれだが、いかに酒自体が危険な原因か」という一点に集約されます。よければ、こちらもあわせてお読みください:

補: なぜアルコール依存症に?その「理由探し」は無意味である(および「アルコール依存症のアンチノミー」について)
ここまで「アルコール病棟 入院するまで」と題して、全6回に分けて数年にわたる自分のプロセスを記述してきました。自分でも書いているうちに思わず長くなってしまいましたし、思い返すだけでもけっこうキツイものがありました……。 さて、...

【まとめ:自分なりに重要だと思うこと】

  • 過剰飲酒がきっかけで、たとえばマロリーワイス症候群のような(自分にとっては二度と味わいたくない)身体的外傷を負ったとしても、それは一時的に飲酒を止めるトラウマ(心理的外傷)にしかならず、飲酒を完全に止める「防波堤」にはなりえない。アルコール依存症は、一度でも偶発的なきっかけで酩酊を味わってしまうと、それを再び身体も脳も強烈に渇望してしまう
  • その結果として現れる離脱症状は、たとえ断酒期間がどれだけあったとしても(自分の場合はわずか3週間以上と短いものであったが)、極めて猛烈なものとして襲いかかってくる。離脱が酷すぎると、もはや酒を飲んでいてもいなくても、自分としてはどちらも変わらない、まさに逃げ場のない地獄状態となる
  • アルコール依存症はまさに「否認の病」である。いくら知識の上で「これは連続飲酒だ」「これは離脱症状だ」などと分かっていても、心の底から「自分は酒をコントロールすることなど全くできない」という酒への完全敗北を認めなければ、意味がない(アルコール依存症のあいだでは、しばしばこれを「底つき」と呼ばれることを後に知ることになるが、まさに言い得て妙だと思う)

 

 

タイトルとURLをコピーしました