アル中で入院するまで(4):「連続飲酒」の突入と「離脱症状」の発現【発動編】

01.アル中病棟 入院するまで

確かに睡眠薬の服用をやめ、アルコールだけを飲んでいれば、いつでも寝ることができるようになります。それでも自分の場合は、酒の飲み過ぎは避けようという考えだけはまだ残っていましたので、以前は「”一晩で”焼酎かウィスキーを1本720ml」だったところを、「”一日で”焼酎かウィスキーを1本720ml」といった具合で、飲む時間を引き伸ばす(血中アルコール濃度は薄める)方向へとシフトさせていきました。ですので、常に泥酔しているというよりは、常にほろ酔いの状態を引き伸ばす、という感覚に近かったといえます。

それでも、シラフの状態はほとんどゼロになっていきますので、いつ寝たのか、そもそも起きていると言えるのか分からないような状態へと突入していきます。これは「アル中あるある」ですが、それこそカーテンを閉めっぱなしで寝室で飲みだすようになるので、いま起きているのが朝の4時なのか、夕方の4時なのか、時計を見ただけでは全く分からなくなります。かつてはショートスリーパーで朝には短時間の睡眠で目覚めていたのに、気づいたら夕方近くだった、なんていうこともザラに起こるようになります。

もちろん仕事がありますので、平日から常にこんな状態になるわけではありません。私の場合であれば、最初は週末、つまり金曜の夜から月曜の朝までの間に、こうした連続飲酒のモードに入ることになります。金曜になると、「ようやくこれで気が済むまで酒が飲める」と思えて、心底ほっとします。週末は一歩も外に出たくないので、金曜には酒やつまみを買いだめをして、連続飲酒に備えるようになります。頭はすっかりアルコールでイカれているのですが、酒のためとなれば、まるで台風の到来にでも備えるかのように、計画的に動けるのです。

また私の場合は不衛生なことに、週末は風呂にもロクに入らなくなりました。自分でもさすがに匂いが気になるときは、シャワーをさっと浴びる程度で済ませてしまいます。この頃は、ファブリーズやボディペーパーをAmazonで買いだめし、愛用していました。2時間以内に商品を直送してくれるサービス「Amazon Prime Now」で焼酎を買っていたこともありましたが、酒を運んでくるまでの2時間すら待ちきれず、使わなくなったほどです。

こうしてしまいには、食事もほとんど要らなくなっていきます(というか、食欲が消え失せます)。私の場合は、せいぜいスナック菓子を食べる程度でした。理由は安くて軽くて捨てやすいから、それだけです。体重はどんどん減り、筋肉も減っていきました。平日も、まともな食事はほとんど喉を通らなくなりました。カップ麺のうどんや、コンビニのおにぎりばかりを食べていた記憶があります。駅の階段などを歩くときは、手すりを必ず掴んでいなければ不安で仕方がないほどに身体は衰弱し、椅子に座っていなければ電車の中で10分も立っていられなくないほどでした。

ともあれ日々はこんな感じで、特に週末はあっという間に時間が過ぎていきます。三連休などが来ると、もはや嬉しくて仕方がありません。GWや夏季休暇で長期休暇が取れるときなども、同じように連続飲酒でズブズブの状態でした。なぜなら、あっという間に時間が過ぎていくからです。逆に平日は本当に地獄でした。早く週末が来ればいい。浴びるほど酒を飲みたい。それしか考えなくなっていくのです。

おそらくこれを読む普通の方から見ると、「はたしてこんな状態で、いったい週末に何をしているのか。暇で仕方がないのではないか」と疑問に思うのではと思います。そのとおりです。実際私の場合は、酒をチビチビとやりながら、Amazon Prime VideoやNetflixといった月額定額動画サービスをダラダラと見るくらいしか、していませんでした。これ以上ないほどに、不健康で、非生産的な行為といえます。

しかし、アルコール依存症の人間にとっては、それで十分なのです。酒を飲んでいるだけで、何も面倒なことや鬱陶しいことは考える必要もなく、あっという間に時間が過ぎ去っていく。もはや日常も人生もどうでもよい。ただそれだけが至福の喜びであり、至上の価値なのです。もはや現世での価値などはどうでもよく、酒だけが生活のすべてとなり、自分のすべてを支配してしまう。――思い返すだに、アルコール依存症とは、本当に恐ろしい病だと思います。

ただし当然ながら、こうした状態のままで実際の社会生活が永遠に送れるわけではありません。私の場合、当然ながら一般的な会社務めの人間として、平日は仕事がありました(この記事を執筆している2018年12月現在は、退院後に復職しています)。ですので私は、上のような連続飲酒モードは週末などの休日だけにとどめ、平日はなんとか仕事をしていました。

それでも本当に、「なんとか」と表現するしかない状態です。自分も周囲もだましだまし、なんとか職場へ行くのですが、仕事もロクに手がつきません。具体的にいえば、当然思考力も落ちていますし、ありえないようなミスも連発し、キーボードすらまともに打てないときも出てきます。当然、自業自得にもかかわらず、そんな状態の自分自身に嫌気がさし、うつ状態も酷くなっていきます。

そしてこれも「アル中あるある」なのですが、月曜は休みがち(というか、週明けに起きたら月曜の夕方ということが起きるよう)になっていきます。仮病で有給を取ったり、直行・直帰のフリをしたりと、次々とサボタージュを重ねていくことになります。本当に社会人として、どうしようもないクズ人間になっていくのです。

それでも平日はというと、家を出る前になんとかシャワーを浴び、吐き気を抑えながら――ときには何も食べていないのに胃液だけを吐いて――家を出ていました。これはまた別のページでも触れますが、すでにこのとき私は1年近く、「連続飲酒」とともにアルコール依存症の典型的な症状である、強烈な「離脱症状」にも襲われていました(一般には「禁断症状」という言い方のほうがよく知られていますが、医学的には「ある物質が体内から抜けてくることで生じる現象」という意味で、「離脱」という言葉のほうを用いています)。

アルコールの離脱症状としては、いわゆる「手がプルプルと震える」といったものが有名です。しかし、私は手の震えを起こすことはなかったです(離脱は個人差が大きいといわれます)。私の場合、特に酷かったのは嘔吐感でした。離脱症状なので、アルコールを飲んでいない日中に特に酷く襲われます。嘔吐感というよりも、実際に何度も何度も嘔吐を繰り返していました。といっても、ロクに食べていないので吐くものもなく、最後のほうは飲んだ水すら吐き、最後は胃液だけでも吐いていましたが。

といっても面白いもので、この吐き気は、夜家に帰って酒を飲むと、ピタリと収まってしまうのです。というのもこの離脱症状というのは、血中アルコール濃度が下がると身体が「アルコールが足りていない」と判断し、その欠乏状態に対する”警告(アラート)”として生じるものだからです。アルコール依存症の怖いところは、まさにこの点にあります。連続飲酒によって酩酊が常態化することで、「酒が入っている状態こそが正常である」というホメオスタシス(生体恒常性)を維持する作用が働いてしまい、酒をやめたくても離脱を抑えるために酒にすがるしかなくなるのです。アルコールがどれだけ身体にとって毒物だと分かっていても、です。

だからこそ、こうした離脱症状の苦しみから解放されるのは、連続飲酒をできる週末なのであり、それが至福の時間となるのです。しかし、それでも平日は仕事もありますから、連続飲酒(朝から飲酒)は極力避けていました。その結果として、酷い離脱に襲われていましたが、当時の自分は「これは酒のせいではなく、胃腸炎か何かなのだ」と思いこみ、漢方薬などを飲んでやり過ごしていました。そして帰宅後は離脱を抑え、また眠るために、当然のように飲酒を行っていました。

ただし、大量飲酒はまずいとすでにわかっていますので、酒量をなんとか減らすために、たとえばウィスキーであれば「720mlのボトルを買ってしまうと、次の日余った分も飲んでしまう(飲みたくなってしまう)ので、あえて180mlのミニボトルを買う」「ストロングゼロを、3本だけ買って夜は外に出ない」といった、いまから思えば、本当にせせこましくて悲しくなるほどに”物理的”な「節酒の努力」を心がけていました(もちろん当時から、自分の意志だけでは酒をやめられず、わざわざこんなことまでをして酒を買わなければいけない自分に、本当に嫌気がさして泣いていました)。

上に書いたような状態は、ちょうど私が入院する前の2年間ほど、断続的に続いていました。そしてこの頃には、自分が完全に「アルコール依存症」であるということは、確実に自覚していました。そして肝機能が再び低下していることも、血液検査の結果から明らかでした。80まで下がっていたはずのγ-GTPは、2年足らずで再び200を超えていました。ですから当然、「このままではいけない」「なんとかこの状態から抜け出さないといけない」と頭の片隅ではわかっているのですが、最初にこの数字を見たときのような驚きや危機感はもうありません。「再び下げることができる」などと思っていたような気もしますが、もうその記憶もあやふやです。とにかく、もはや正常な判断はできなくなっていたわけです。文字通り、頭も心も体も、すみずみまで酒に捕まって抜け出すことができない状態だったといえます。

そしてこんな自分が入院をついに決意するようになったのには、ある決定的な出来事を迎えたからでした。(続く)

アル中で入院するまで(5):マロリーワイス症候群での吐血と、人生初の手術と入院【破綻編】
週末は連続飲酒状態で酒浸り。酒を飲んでいない平日の日中は、常に強烈な嘔吐感に襲われ、職場でも移動中でもトイレに駆け込みゲーゲーと嗚咽を繰り返す日々。平日も帰宅したら酒を飲み、離脱症状がピタリと収まるのに安堵しつつ、また寝るまで酒を飲む。朝ま...

【まとめ:自分なりに重要だと思うこと】

  • 自分がアルコール依存症であるとはっきりと自覚したきっかけは、①(主に週末だけという断続的なものではあったが)「連続飲酒」への突入と、②(酒を飲んでいない時の)「離脱症状」の発生(および飲酒によってその症状がピタリと抑まることの確認)、この2点だった
  • しかし、以上の2点から「自分がアルコール依存症である」と自覚できたからといって、もはや時すでに遅しであった。ここまで来ると、自分の意志の力で酒を断つのは困難である。なぜなら、(個人差は大きいため一概にはいえないが)離脱症状の苦しみを抑えるための手っ取り早い方法は「飲酒」だからだ。その結果としてアルコールへの依存はますます進み、心身ともに健康を蝕んでいき、正常な判断もできなくなる
  • アルコール依存症が、しばしば「意志の力」ではどうすることもできない、コントロール不可能な病といわれるのはそのためでもある。つまり「連続飲酒が常態化する→体が酩酊を”通常モード”だと判断する(ホメオスタシス)→酒が抜けると離脱症状という形で様々な苦痛・不快感を与える→酒を飲むと収まる」という、抜け出すのが難しい強力なフィードバック・メカニズムが働くからだ

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